イタリアについてまだ書きたいことはあるんだけど、熊本に行ってきたから、ちょっと熊本城について書きたい。
平成28年熊本地震で熊本城に甚大な被害があったことはもちろん知っている。当時テレビのニュースで被害状況の映像も見たし、復興城主という形で寄付を募っていたのも見た*1。
でも平成28年って2016年だよ。熊本地震は4月だったから、丸々10年前だよ。
だから、それなりに復旧できてるんだろうと勝手に思ってた。
でも行ってみたら、まだまだそこら中で痛ましい箇所が残っていて、石垣の石もゴロゴロ転がっていたりして、全然想像していた復旧レベルじゃなかった。

左手前に見える石垣はモルタルで仮措置がしてある状態

右の奥に見える本丸御殿大広間は石垣がゴッソリ落ちている箇所があって、建物もたわんでいる
とは言え、全然復旧がされていなかったわけではなく、瓦が落ちちゃってたけど倒壊はしなかった天守閣を解体して制震ダンパーを各所に設けつつ再建するとか、長塀や監物櫓も補強壁や補強金物を取り付けつつ完全復旧するとか、復旧作業自体はかなり進んでいた。要は、被害に対するあたしの認識がそもそも甘く、実際はもっと酷かったからまだたくさん復旧中・復旧待ちの箇所が残っていただけという話。
それにしても、よそ者のあたしが今の状況を見ても痛ましいのに、当時の状況を目の当たりにした地元民たちはどんなに心を痛めただろう。
ずっと前、「壊れた石材が大量にゴロゴロ転がっているアテネの遺跡群を実際に見たら、どうして復元が全然進んでいないのかわかりすぎるほどわかった」という話を書いたけど、
熊本城はまさにコレだった。
石垣を含む諸々の建造物の写真が残っていて参照できる分、熊本城はアテネの遺跡たちより若干マシなのかもしれない。でも、崩落した石垣の写真、崩落した石垣の上を倒壊した櫓が覆っている写真、崩落した石垣が下にあった建物を押しつぶしている写真なんかを見ると、アテネのときのように「こんなのもう途方に暮れるしかないじゃん」と思ってしまう。
でも、熊本の人たちは、倒壊した建造物の部材を回収し、倒壊してなくても修理するしかない建造物は解体して一旦保管し、崩落した石垣の石材の位置を記録しながら回収し、今まで埋没していた遺構の発掘調査も行い、崩落してなくても膨らんだり緩んだりしてしまった石垣は解体し、昔の写真を参考にしつつ耐震補強も加えて再建する…という作業を10年に渡って行い、あたしが見学しに行った日も作業を続けていた。立派な見学通路も作ってあったし、完成した天守閣もとても綺麗だった。
すごい。偉いなぁ。
ところで、写真はないんだけど、今回崩れた石垣を見て、石垣の内部がどうなっているのか初めて知った。石垣って、内部は土や小さめの石が詰まってるのね!築石と呼ばれる表面の石は一重にしか積まれていないのね!まあ、よく考えたら、ずっと奥まで大きな石なわけがないんだけど、そんなこと考えたこともなかったから今回それが見れて良かった。
実際、復旧の工程で新しく明らかになった熊本城の地質や築城時の実態などもたくさんあったようだし、今まで見えていなかった階段や地下の石垣なんかも出てきたそう。この、転んでもただでは起きないというか、不幸の中でしか得られないものを頑張って取りに行く感じもなんか良かった。
あと、どうでもいいんだけど、熊本城のトイレには謎のボタンがあった。

その下にあった謎の国際ボタンも気になった
この、アメリカ、中国、台湾、韓国、タイの国旗がついたボタンは何?一番左の丸いボタンは「Stop」って書いてあるから、国旗の上のボタンを押すと何かが始まって左のボタンを押すとそれが終わるんだと思うけど、一体何が始まるのかわからなかった。押してみようかと思ったんだけど、緊急呼び出しボタンみたいなものだったら大ヒンシュクだしな…と思って止めた。これが何なのか知ってる人がいたら教えてください。
なんにせよ、熊本地震復興支援としてもう1回寄付させてもらおう。頑張れ熊本。
*1:面白い取り組みだなぁと思ったけど、城主証は貰わなくていいと思ったからあたしは熊本城じゃなくてYahoo!ネット基金で熊本地震復興支援に寄付した。