いろいろあって、しばらくブログから遠ざかっていた。何かを読んで考えたり、考えたことを書くことで頭の中を整理したりする場としてブログはとてもいいんだけど、何も考えないようにしたいときは良くない。
でも、その「いろいろ」は1月半ば頃に一旦区切りがついたので、ずっと前から計画していて手配済みだった台北に行った。
台北に行った理由は国立故宮博物院。博物館好きとしては、世界的に有名な博物館としていつも上位に挙がってくる故宮博物院はやっぱり行きたい場所だったので。
去年行った大英博物館では、展示品がその成り立ちを良くも悪くもバッチリ反映していて興味深かったんだけど、
そういう意味では、「戦火から守るために中国が台湾に持ち出した清王朝のお宝が所蔵品になっている故宮博物院」というのも成り立ちからして興味深い。そもそも清王朝のお宝ってどんなラインナップなんだろうというのも気になるし。
でも、結論から言うと、故宮博物院は個人的にはそれほどグッとこなかった。
半分は自分の知識不足、あとの半分は好みの問題で、100%あたし個人の問題だから、決して故宮博物院が良くなかったわけではないんだけど。
あたしが行ったときに展示されていたのは、青銅器、書、硯、玉(ヒスイで作られた作品)などだった。
青銅器はいろんな文化のものをいろんな場所で見てきてるけど、どこで見たものも印象が薄いというか、あんまり刺さったことがない。そして、せっかくだし頑張って見ようと思ったけど、今回もイマイチ刺さらなかった。こんなんだと「好みだと気づく→知識を深める」といういつものプログラムが起動しない。先に知識を入れてから見てたら良さがわかったのかもしれない。
書は青銅器よりはそそられるけど、やっぱり知識が足りないというか、良し悪しがあまりわからない。たまにすごく好みの作品に出会うことはあるけど、故宮博物院にはそういうのはなかった。あと、日本語の書でもくずし字すぎて読めなくて意味がわからないパターンがあるけど、中国語は崩してなくても全然わからず、そういう意味でもイマイチ入れなかった。
硯に関しては、石の種類や模様の出方によってめちゃくちゃ高価なものがあるという知識はあった。でも、ズラズラ並んでる硯を見ても「おお!」と思うものがなく、やっぱり物足りなかった。これもたぶん自分の知識・経験不足のせい。
玉は、ごめん、全面的に好みじゃなかった。石は好きだし、ヒスイもわりと好きだから期待して展示室に入ったんだけど、ダメだった。
ヒスイにはジェダイト(硬玉)とネフライト(軟玉)がある。新潟の糸魚川で産出されるのはジェダイトで、中国で産出されるのはネフライトなんだけど、ネフライトってジェダイトほど綺麗じゃないんだよね。色も質感も、ジェダイトには勝てない。
これはジェダイトだなっていうのもあって、それらは綺麗だった。けど、それほど綺麗じゃないのもたくさんあって*1、ガッカリ感が否めなかった。
しかもですよ。「いやまて、故宮博物院には翠玉白菜*2があるはず!あれは綺麗なはず!」と思って探したら、なんと貸出中だった。白菜目的で故宮博物院に行ったわけではなかったから、展示中かわざわざ事前に確認しなかったんだよね。なんてこったい。

白菜が純潔、イナゴが受胎のシンボルだということはここで知った

左は翠玉白菜みたいにイナゴが乗っている
右は一輪挿し
ちなみに、もう1つの目玉展示品とされている肉形石*3も貸出中だった。なんてこったい。
あっ、でも今写真を見直してて思い出したけど、陶磁器で面白いのがあったんだった。
転心瓶っていう、二重になっている瓶。外側に穴が開いていて、内側がクルクル回るようになっている(写真左)。あと、名前見てこなかったんだけど、ぐるっと切れ込みが入ってるのに一体化してる瓶(写真右)。

色や模様も結構好き
あと、中が回ると言えば、象牙でできた透かし彫りの球体(写真左)。これ確か中が18層とかあるはず。こんなものを作ろうと思うなんて頭おかしい。そしてヘンテコな木彫の物体(写真右)。筆立てって書いてあった気がするんだけど、筆立てを作ろうと思って作る形じゃない。こっちも頭おかしい。

こういう超絶技巧な品々って、やっぱり王朝があって皇帝がいたからできたんだろうなぁと思う。ロンドンで王室関連の物や場所を見た時も思ったけど、王とか皇帝みたいなレベルの権力や財力が存在してなかったら、こういうレベルのものが作られたり集められたりすることはまずなかったんじゃないかな。
故宮博物院はあたしにはあんまり刺さらなかったけど、成り立ち的にはやっぱり面白かったかも。
あと、知識とか経験によって培われる、こういうものをちゃんと鑑賞する力が自分にはまだまだ足りないと思い知らされたのも良かったかも。
しかし、いつも思うけど、ホントなんでも実際に見てみないとわかんないもんだね。