念願だった諏訪・茅野に行った、この話↓の続き。
去年、日本各地の縄文土器がズラズラ並べてあるのを見る機会があって、めっちゃテンションが上ったので、
井戸尻考古館と茅野市尖石縄文考古館に寄って、今回も縄文土器もたくさん見てきた。
あのあと縄文関連の本を読んで知ったんだけど、世界的には、農耕が始まり農作物を貯蔵するようになって土器が発達するのが一般的なパターンらしい。一方、農耕らしい農耕をしていなかった縄文では煮炊きをするために土器が発達したパターンで、かなり珍しいんだそう。
そう、煮炊きするために発達した土器なのにあんなモリモリ文様なんですよ、奥様!
装飾用とか貯蔵用ならモリモリ文様にしててもわかる。芸術性があった方がいいし、そもそも置いとくだけだろうしね。でも、縄文人は使いにくそうなモリモリ文様で毎日モリモリ煮炊きしてたというわけ*1。
どゆこと??笑
でも「モリモリじゃない方が使いやすくね?」とは思わなかったってことは、モリモリ文様に意味があったってことだよね。炊飯や食事という行為に儀式的な意味があったのかもしれない。自然の恵みに対する感謝とか、家族が生きて食卓を囲めることに対する感謝とか。しらんけど。
なんにせよ、今回はローカルな考古館にある縄文土器たちを見に行くということで、ちょっと期待していた。
あたしが去年見た縄文土器たちは日本各地から集められた代表例的なものだったから、たぶんレベルが高いものばかりだったと思うんだけど、リアル縄文では、レベルが高くないものもたくさんあったんじゃないかと思って。意外と下手くそなものも出土してるんじゃないか、と*2。
そしたら、やっぱり下手くそなのもあった。しかも「下手な土器」というタイトル付きで展示されてた。笑
確かに左下の皿とか「どした?」というレベル笑
でも「初心者は熟練の製作者のもとで学びながら腕を磨いていたのでは?」っていう説がとても微笑ましい。やっぱり、モリモリ文様は修行を重ねないと作れない代物で、難しいけどその分カッコいいと認識されてたのかもしれない。
それに、熟練者に教えてもらっていたのだとしたら、地域ごとに模様の流儀的なものがある理由がわかる。要は、地域の熟練者がそれぞれ「◯◯流◯◯派の家元」みたいな感じになっていて、そこで学んだ弟子たちはみんなお師匠の流儀を継承して作ってたんじゃない?
蛇体取っ手がついてる土器たち(右2つ)
あと、特別な用途のために作ってある土器もあって、
どういう仕組みで蒸すのかよくわからなかったけど蒸し器だとされてる土器(右)
えっ、お酒作ってたの?蒸し器まであったの?と驚いた。縄文時代の煮炊きなんて現代のキャンプでの煮炊き程度のものでしょ?と舐めてたよ、スミマセン。
去年「旅するジョウモンさん」で初めて知って好きになった水煙文土器もあった。
右の非対称な造形、天才か!
そして今回初めて見たのがこのパターン。なんすか、君は?
とりあえず「モリモリで使いにくいで賞」を進呈したい。
あの穴たちはなんだろう?ヒモ通してたのかなぁ?わからん。
名前が「立体装飾が発達した深鉢形土器」になってるけど、たぶん考古館の学芸員さんも何と呼べばいいのか困ったんだろうなぁ。英訳も「Pottery(Deep pot)with much decoration」ですぜ。笑
他にも面白い形のがいろいろあった。
とにかく貝殻がいっぱいついてる土器(右)
レース編みみたいな土器(右)
縄文土器、まさに「芸術は爆発だ!」を体現してると思う。