昨日、結構久しぶりに小説を読んだ。
これ。
もともと原田マハさんのアート関連の史実をもとにしたフィクションは好きで、楽園のカンヴァスとか、たゆたえども沈まずとか、ジヴェルニーの食卓とか、サロメとかも読んでいる。
なので、暗幕のゲルニカは単に「あ、これ読んだことないな」と思って手にとっただけなんだけど、偶然にもフランスとスペインとニューヨークが舞台になっていた。
フランスには数ヶ月前に行ったし、スペインも先月行ったし、ニューヨークにも何回か行ったことがある。だから、ストーリー自体ももちろん面白かったんだけど、それとは別に、自分が知っていることがたくさん盛り込まれていて描写にないことまでありありと思い浮かべることができるという面白さがあった。
例えば、
セーヌ河に浮かぶシテ島の先にある橋ポン・ヌフでピカソの愛人のドラ・マールが佇んでるシーンだと、セーヌ河もシテ島もポン・ヌフも現物見てるし、ドラ・マールも写真をピカソ美術館で見てきたから、状況を映画のシーンのように思い浮かべることができたし、
9.11テロ事件が起こったときの様子や主人公の心境も、当時アメリカに住んでいたあたしにはわかりすぎるほどわかった。
スペインは主な舞台がマドリッドだから描写なしで目に浮かぶ風景はなかったけど、要所に出てくるトルティージャとか、バスクの独立運動を率いる集団がゲルニカを狙う設定とか、想像しやすい話がたくさんあった。
で、改めて思ったんだけど、自分で直接見たり聞いたり体験したりして知っていることがあるというのは凄い。
どれだけ優れた読解力を持っていても、どれだけ行間を読むことに長けていても、本を読んだり話を聞いたりして知り得ることって、しょせんはそこで直接的・間接的に書かれたり言われたりしたことでしかない。
でも、関連知識や経験を持っていれば、ちょっと読んだり聞いたりしただけで「ああ、あれね」と知り得ることがそこにある枠を超えて倍増する。
それに「ああ、あれね」と思えることを読んだり聞いたりすると、わかる感覚がすごくあって楽しさも倍増する。
スペイン語の勉強がバルセロナから帰ってきてから一層楽しくなったってこの間書いたけど、これも要はそういうことなんだと思う。
だって「Voy a ir la próxima semana(来週行きます)」みたいな例文が出てくると、バルセロナの地下鉄の「La próxima estación……(次の駅は……)」というアナウンスが頭に浮かんで来るようになったし、「Los tomates están en la bolsa(トマトは袋の中です)」みたいな例文が出てくると、「¿Necesitas bolsas?(袋要る?)」と聞いてくるスーパーのレジのお姉さんが思い浮かぶんだもん。
何か学ぶときには座学だけじゃなくて実践も入れなくちゃ効率的には学べないし、本質的なことを学べないことも多い、っていうのは前から身を持ってわかってたけど、見たり聞いたり体験したりしたことが使えただけで学びが楽しくなるとか、学ぶことに限らず本を読んだりするときも楽しさが倍増するとか、偶然繋がるものの効果はあんまり考えたことがなかった。
意識したらもっとありそう。
意義があるかどうかわからないことでもたくさんやっておくというのは、もしかすると凄い人生ハックなんじゃないか。
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