役に立つかは別として

頭の中にあるゴチャゴチャを出しとけばスッキリするかも

顕在意識を黙らせて潜在意識に自分時間を与える

今朝これを読んだ。 

noname420.hatenablog.com

で、「反復の多い単純作業はAIに任せて、空いた時間で人間はクリエイティブなことに集中」というよくあるAIのポジショニングに対して、「人は暇になるとだらだらネットを見てしまうものだ」と述べ「無心で取り組める反復・単純作業を丸々AIに任せてしまうとクリエイティブどころかネット奴隷化がさらに進みそう」と言っているのを見て、めちゃくちゃ共感したので、ちょっとこれについて書いておきたい。

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以前、無心になれる作業という話で雪かきと掃除について書いたことがあるけど、

www.saki-imamura.work

雪かきと掃除も言うたら反復単純作業である。何も考えずに体だけ動かしてれば作業が進み、しかも絶対に良い結果が出るから、あたしの中では掃除はもはや部屋を綺麗にする作業と言うより頭の中をクリアにするつかの間の手段という位置づけになっている。

たぶん、マインドフルネスとか瞑想に近いものがあるんだと思う。仏教の修行の一環としてせっせと廊下の拭き掃除をしたり庭を掃き清めたりするのも、たぶんそういうことなんじゃないか。

人は健全でいるためには休んだり自由になれる時間が必要だけど、心とか潜在意識とか、そういう自分の中にあるものも健全でいるためには自由な時間が必要なんだと思う。だから潜在意識からすると、顕在意識が日々横でずーっっとわちゃわちゃいろんなことを言ったり考えたり感じたりしてるとシンプルにうるさくて、子供のことは愛してるけど自分の時間が欲しいお母さんみたいな気持ちになるんではないか。

だとしたら、潜在意識にはクリエイティブを司る部分もあるんだから、子供に振り回されて落ち着く暇がないお母さん状態の潜在意識がクリエイティブを発揮できるわけがない。

でも、そういう時に反復単純作業をすると、顕在意識が黙る。そして潜在意識は休むなり好きなことをするなり日頃からしたかったことを落ち着いてできるようになる。結果、あたしたちは頭がスッキリしたり精神がリチャージできたような気分になるのではないか。

だからあたしはそういう意味で、ルンバが出た頃からなんとなく「みんなはルンバに掃除を任せちゃうのかぁ…もったいないなぁ…」と思っていた。(大きなお世話だから実際は言わないが。)

しかし、そうか、淡々と集中できる作業を奪うという意味では、AIにもそういう部分は確かにあるなぁと今回思った。それに、反復単純作業が身の回りから消えたせいで無心になる避難場所がSNSやYouTubeになったというのはまた別の意味で良くない。

だって、おかげで本が読めなくなってるでしょ?ニュースとかも、過激化された見出しと要約以上は読めなくなってるでしょ?

そう言えば、スマホに常時接続していると自分は何をやりたいのかわからなくなるという話もあった。

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……てことで、みんなもnoname420さんみたいに、ネットを見ずに集中できることを積極的に探そう。

あとは掃除するとかね。