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役に立つかは別として

頭の中にあるゴチャゴチャを出しとけばスッキリするかも

幸せに条件があるなんて思っていたら幸せになれない

この間の「つながりたいから渾身のお手紙書いた」の人から「週末にお返事します」という連絡が来た。「これで興味を持ってもらえないならまあいいか」から「考えてもらったうえでダメならまあいいか」に進展した~(笑)

やっぱり「渾身」大事。「ここまでしてもダメならしょうがない」っていう納得感があるから、実際にダメでも諦められる。その一方、「渾身」だから良かった時の喜びがハンパない。

ホント、「渾身」でやらない理由がないし、「渾身」でやれないものをやる理由がない、と思う。

 

進捗報告終わり。

 

さて、昨日はこの記事を読んだ。

blog.tinect.jp

なんかいろいろな面でツッコミどころ満載な記事だ。

で、その語彙の使い方あってる?とか、その主張やたらざっくりすぎない?とかそういうのはまあ置いとくとして、世間一般の人ってホントに「モテ✕収入✕地位」が大事な3要素でどれか1つがゼロだったりするだけで不幸になると思ってるのかなぁ?そして全部揃えば自動的に幸せになると?

 

だとしたら、その考え自体が不幸の原因なんじゃないか。

それって永遠に幸せになれない迷路をさまよってるようなものでしょう?

 

この3つ、どれも物事を楽しくしたり楽にしたりするとは思うし、そういう意味では幸福を感じやすい環境を作ってくれるとはと思う。日々暮らしていくのがやっとっていう収入だったら幸せを感じる余裕なんてないかもしれないもんね。

だけど、これらはどれも人間の幸福とは直接関係ない。

 

そもそもこの高須賀って人はそんな考えでいて幸せなんだろうか?

 

共産主義がグロテスクなのは成り上がりになれないからじゃない。共産主義がダメなのは、人が成長する場や成長する意義をなくすからだ。人間の創造性を殺すからだ。

 

最初に書いてある「幸福を享受する為には心身が健康である必要がある」っていうのも違う。だって障害者でも難病患者でも幸せを感じる力がある人は幸せでしょう?

心身が健康な方が物事をポジティブに考えるのが楽っていうだけ。

 

この人の定義だと世の中ほとんどの人が幸せになり得ないことになるじゃん。

 

こんなこと信じてるのはこの人だけだと願いたい。

幸せに条件はないよ。