役に立つかは別として

頭の中にあるゴチャゴチャを出しとけばスッキリするかも

怒るべきことと人生の優先順位

昨日こういう記事を書いた。

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そしたら、モヤモヤするなら怒ってもいいんじゃないかと言ってくれた人がいた。

予め怒りを表現するかしないかの基準を決めておけば自分の怒りを出しやすくなるんじゃないか、それでも「怒ってはいけない」と思ってしまうのであれば、それは怒ったことで過去に嫌な思いをしたことがあるからじゃないか、と。

 

過去が関係してるのはあるかもしれない。

あたしは子供の頃から考え方が周りと同じじゃなかったんだけど、それをずっと頭ごなしに否定されて育った。これじゃ気が狂うと思ってさっさとアメリカに逃げたからありがたいことに自己肯定はできる人間になったけど、自分の意見や感情を表明するのが面倒、と思ってしまう傾向がある。聞いてもらえない、聞いてもらえても全く分かってもらえない、下手すると嫌がらせされるだけっていうのがオチなのに何をわざわざ…と思ってしまうことが多い。

そして実際今回も、「怒ってはいけないと思う」と言うより「怒るのが面倒」に近いと思う。

 

でも、もし自分が怒るのに長けていてテキパキ怒って迅速に全て丸く収めることができる人だったら、面倒と思わなかった気がする。とすると、これは怒るに値することをされたときの対応能力が足りないということが問題なのかもしれない。

それで、じゃあ自分は対応能力をつけるべきなのかと考えたけど、いや、ごきげん力が先だな、と思った。どっちかと言うと、あたしは「ごきげん力が凄すぎて怒る能力が必要ない」っていう路線に行きたいのだ。いや、そういう境地に達することが可能なのかはわかんないんだけど。だから、そっちをトライしてダメだったら怒るスキルを身につける路線に戻ってくる、ということにしたい。

あと、他にやりたいことがいっぱいあって怒ることに時間や労力を割きたくないっていうのもある。てか、これがたぶんメインだと思う。1日は24時間しかなくて、人生にも限りがあるとなると、物事には優先順位をつけざるを得ない。

で、優先順位というのがこれまた主観的で自分勝手なものだったりするんだよなぁ。

宿題しなくちゃいけないけど遊びたい、みたいな。

世の中には「怒るべき」ことがたくさんある。怒りの声をあげないと改善されないこともあるから、時には義務とか使命として怒る必要がある。その辺はあたしも一応頭では理解してるつもり。

あたしも、あり得ないくらい低い単価で仕事を請けてる駆け出しの翻訳者に対して「怒らなくちゃダメだってば!」って言うもんね。でも大抵の場合、駆け出しの翻訳者ってのは仕事が貰えるだけで嬉しいから怒ったりしない。優先順位が違うのだ。

あたしもブロガーとかライターとして生計立ててるレベルだったら今回のことでも怒る意義や責任を感じて「面倒だけどやらなきゃ」と思ったかもしれない。

つまりあたしの怒りを表す基準は「怒る意義を感じるか」そして「それは他のやりたいことより勝るか」ということなんだと思う。

怒るのって、パワーが要る。特に簡単に決着がつかない場合、戦うために怒り続けるのって、すごく精神力が要ることだと思う。だってやってて楽しくないことを延々とやるんだから。よほど意義を感じないと無理。

 

でもとにかく「怒ってもいいんじゃない?」と言ってもらえてよかった。そうか、怒ってもいいんだよな、あたしは怒りたいのかな?ってもう1回考えることができた。そして、よく考えたらやっぱり怒りたくないわ、と思った時点でモヤモヤが晴れた。

今は「よくよく考えたら怒りたくないことだったのに傷ついて泣いてしまったっていうのは変だよな、これをヒントにそもそも傷つかないようになれないのかな」っていうのをぼんやり考えてる。

あ、それと、今後のためにパクリ対策みたいなのはやっぱりチェックしとこう、ってのも。

 

岡さん、ありがとうございます。

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