役に立つかは別として

頭の中にあるゴチャゴチャを出しとけばスッキリするかも

最澄の比叡山 vs. 空海の高野山

仏教について学ぶようになってから、仏教にまつわる場所もいろいろ訪ねるようになった。その流れで、先月は比叡山、そして今月は高野山に行ってきた。

比叡山で活躍した最澄と高野山で活躍した空海は比べられることが多い。

二人は同時期に唐に渡り、結果、両者とも密教を取り入れた仏教の開祖になっている。そしてそれぞれ比叡山と高野山に修験場を造り、たくさんの僧侶を育てた。でも、最澄の天台宗と空海の真言宗は別々の宗派として今に至っている。

そして、当時のことはわからないけど、現代では人気度も違う。あたしの見たところ、弘法大師空海の方が伝教大師最澄より断然人気者だと思う。あたし自身も、今までの(ちょっとかじった程度の)知識では、空海の方が最澄より凄い気がするなぁ…となんとなく思っていた。実際、最澄は自分より密教を学んできた空海のもとで灌頂を受けてるし*1

それで、もしかすると比叡山と高野山に続けて行って両者を比べてみたら面白いんじゃない?と思いついて、試してみたというわけ。

そしたら、自分の中の最澄と空海に対する印象がガラリと変わって面白かった。

 

比叡山は、高野山と比べるとかなり地味だった*2

立地はとても良くて、比叡山の山頂からは右を向いたら京都、左を向いたら滋賀が見えるくらいだし、昔どうだったのかは知らないけど、現代はアクセスもわりと良い。最澄さん、良いところに陣取ったなぁ…という感じ。

でも、東塔、西塔、横川のそれぞれのエリアに一旦入ると、坂道が多くてやっぱり山の中だなぁという感じがするし、根本中堂の内部とかも豪華ではあるけど、きらびやか!という感じではなく、あくまでも修行の場なんだなぁという感じだった。

そして、あたしが一番へぇ!と思ったのは、比叡山の卒業生の面々のアピール。法然、栄西、親鸞、日蓮など、比叡山で修行して開祖となった面々の説明の看板がずらっと並んでたし、法然上人が籠もった場所とか、道元禅師が得度した場所、みたいなのもあった。そうか、忘れてたけど、そう言えば仏教レンジャーみたいな人たちってみんなここの卒業生じゃん!笑

一方、高野山は、全体的に派手だった。古くてボロくなってる建物もあったけど、主要な建物は大きくてとても立派だし、内部もきらびやかだった。

高野山は八つの峰に囲まれている盆地だから*3、グニャグニャ曲がる山道を延々と登っていかないとたどり着けない。でも、たどり着いたら平坦な町が広がっていて、観光しやすい*4。いろんな店もあるし、山奥にいる感じがしない。

だから逆に「まだ続くのかこの山道は!とうんざりしながら登っていくと、こういう場所に出る」という演出になっている。空海さんが実際にこれを狙ってたのかは知らないけど、この場所を八つの峰を蓮の花に喩えてるのは確かだから、そういう場所設定の狙いはあったんじゃないかと思う。

そして、高野山の一番のアピールはやっぱり空海本人である「お大師さん」だった。霊廟もめっちゃ豪華。最澄さんの霊廟もそれなりだったけど(そして中は入れなかったから内部がどうなってるのか知らないけど)、空海さんの霊廟は凄かった。

てか、よく考えたら弘法大師にお参りする人って「南無大師遍照金剛(私は弘法大師に帰依します)」って唱えるんだもんね。もはや真言宗じゃなくて、弘法大師教じゃん。

 

空海が天才だったのは間違いないと思う。頭の良さとか才能で言ったら、空海が最澄を超えてたのはたぶん間違いないし、空海自身もそう思ってたんじゃないか。俺はもうわかったぞ、と。

でも、人を育てることに関しては、最澄の方がずっと素晴らしかったんじゃないかと今回思った。たぶん彼はもっと謙虚で、自分はまだ修行が必要だと自覚していた。だから空海に頭を下げることも厭わなかったんだろうし、彼が思想的に謙虚で寛容だったから、比叡山で学んでいた僧侶たちも自由に独自の宗派を発展させることができたんだろう。

仏教のどの部分を重視して何をどう実践すべきかというのは、人によって違うんじゃないかと思う。根底にある思想が同じでも、解釈やアプローチはその人に合ったもので良く、同じである必要はない。最澄はそれをわかっていたんじゃないか。

一方、天才空海の中では「一番正しく、一番良い解釈とアプローチ」が確立されていた。だから彼はそれを広めようとしたんだけど、天才すぎる空海の思考に一般庶民がついていけるわけもなく、結果、大半の庶民は真言宗の教えを学ぶのをすっとばして直接弘法大師を拝む形に落ち着いてしまったんじゃないか。

いつの時代でも、最澄みたいな「基本はこうですが、あとは自分で考えなさい」方式より、空海みたいな「真実はこれだ!と言い切る」方式の方が大衆に受ける、ということなのでは?

 

こう考えると、あたしはやっぱり最澄派だったわ……ちょっと寂しい気もするけど。あはは。

 

 

*1:つまり、最澄は空海の弟子になったという意味

*2:高野山に行ったのが紅葉シーズンで特に観光客で賑わっていたのもあるけど、それを差し引いても

*3:高野山は山ではなく、この地域の名称

*4:ただし、駐車場は全然足りてなくてどこもすぐ満車になるので、その点は比叡山の方がずっと観光しやすい