役に立つかは別として

頭の中にあるゴチャゴチャを出しとけばスッキリするかも

アーリーリタイアする人に必要な素質

さっき、この記事を読んだ。

fire-earlyretire.com

47歳でセミリタイアして暮らしている方が書いたもので、億万長者になって50歳も年下の奥さんをもらった資産家の生活が意外ときらびやかでなかったことに気づき、さらに自分の奥さんにも「行動だけ羅列したらセミリタイアしてるあなたの生活も全然楽しそうじゃない」と指摘され、なるほど、要は普通の日常を楽しめる人が勝者なんじゃないか、と思ったという話。

これ、いいところを突いてると思う。ので、もう少しふくらませて書いておく。

 

あたしも現役引退してほぼ2年経ったところだけど、日常の行動を文にしたら全然きらびやかでもエキサイティングでもない。

コロナのせいで海外旅行ができてない、そして代わりの国内旅行もキャンセル続き、というのは確かにあるけど、旅行ができてたとしても、文章にしてエキサイティングなのはたぶんその部分くらいで、日常はやっぱり大したことないと思う。

だけど、現役引退前の日常と後の日常を比べたら、後の日常が格段に濃くなっている。

例えば読書。

仕事をしていた頃は、スキルアップ、情報収集、気分転換みたいな実用的な理由で本を読むのがほとんどだった。だから、ノウハウ本とかビジネス書、娯楽として読める難しくない小説を斜め読みすることが多かったと思う。

でも今は、自分の興味や教養のために本をじっくり読むことが多くなって、斜め読みはしなくなった。「斜め読みで大丈夫な本というのはそもそも薄っぺらい」とか「薄っぺらくなくても斜め読みで簡単に要点が掴めてしまう本もあるが、この場合やはり斜め読みじゃない方がいい」と改めて気づいたから。

ま、斜め読みの是非はどっちでもいいんだけど、ここで言いたいのは、日常を記すとどちらも「本を読んだ」でしかないということ。そして、同じ「本を読んだ」でもその実態は全然違うということ。

日常の濃さは行動の羅列では表せない。

億万長者だろうが、セミリタイアだろうが、現役引退だろうが、体験の濃さを上げているだけで行動自体が同じ場合、日常は同じに見えてしまうんだと思う。

逆に、行動が変わっても、以前と変わらない薄い体験ばかりだったら、変わったように見えても何も変わっていないと言えるんじゃないかな。

この、億万長者の野崎さんを殺害した若い奥さんも、もしかしたら野崎さんの死後、逮捕されるまでは一転してきらびやかでエキサイティングな日常を送っていたのかもしれない。でも、たとえそうだとしても、彼女の人生が濃くなっていたとは思えない。

そういう視点で考えると、アーリーリタイアしてもつまんなくなって現役復帰しちゃう人とか、完全にリタイアしちゃったら病むからセミリタイアにしとけと勧める人とか、そういう人たちって、行動が変化したりエキサイティングだったりしないと体験を濃くできない(=楽しくない)と思い込んでるのかもしれないなぁと思う。

そういう認識の場合、リタイアして日々(表面的には)あまり代わり映えしない生活を送るようになったら、そりゃあつまらないだろう。

要は「日常を楽しめる人」というのは「日常体験を深く、濃くしていける人」ってことなんだと思う。

アーリーリタイアを目指してる人は、自分のそういう素質を育てておくべき。

 

 

 

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